大阪地方裁判所 昭和31年(タ)98号 判決 1961年6月02日
原告 田中二三
被告 田中泰一
主文
一、昭和二九年八月一七日付届出によつてなされた原告と被告の協議離婚は、無効であることを確認する。
二、原告と被告とを離婚する。
三、原告と被告間の長男建明の親権者を被告、次男満明の親権者を原告と定める。
四、被告は原告に対し、金一、〇〇〇、〇〇〇円及び内金三〇〇、〇〇〇円に対する昭和三一年一一月二四日以降、内金七〇〇、〇〇〇円に対する本判決確定の日の翌日以降それぞれ完済まで年五分の割合による金員を支払え。
五、原告のその余の請求を棄却する。
六、訴訟費用はこれを四分し、その一を原告、その余を被告の負担とする。
七、第四項中金三〇〇、〇〇〇円とこれに対する昭和三一年一一月二四日以降完済まで年五分の割合による金員の支払を命ずる部分にかぎり、原告において金五〇、〇〇〇円の担保を供するときは仮にこれを執行することができる。
事実
原告は、「一、昭和二九年八月一七日付原告と被告との離婚が無効であることを確認する。二、原告と被告とを離婚する。原、被告間の長男建明、次男満明の親権者を原告と定める。三、被告は原告に対し金一、六二一、七五〇円及び内金五〇〇、〇〇〇円に対する昭和三一年一一月二四日から、内金一、一二一、七五〇円に対する本判決確定の翌日からそれぞれ完済まで年五分の割合による金員を支払え。四、訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに第三項の内金五〇〇、〇〇〇円の支払部分につき仮執行の宣言を求め、請求の原因として次のとおり述べた。
「一、原告と被告は昭和二一年事実上婚姻し、同年一一月二九日婚姻届出をなし、翌二二年五月八日に長男健明、二三年一一月一二日に次男満明が両人の間に出生した。
二、原、被告は結婚以来吹田市内の被告の自宅で生活してきたが、被告は昭和二七年原告に無断で家出し、情婦森キヌと神戸市内で同棲するに至つた。しかも被告は原告の全く知らない間にほしいままに原告の署名、印影を偽造して協議離婚届を作成し、同年一〇月一三日これを吹田市役所に提出したゝめ、戸籍には原、被告が離婚した旨記載されるところとなつたので、これを発見した原告は被告の違法を責め、やむなく翌二八年六月九日あらためて原、被告は婚姻届をし、再度婚姻の形式をとつておさまつた。
三、原告はその後も姑である田中スエと二児を養育しつゝ被告の復帰する日を待つていたが、昭和三〇年三月一六日不審に感ずるところあつて戸籍簿を閲覧したところ、被告が再度原告の全然知らない間にほしいままに原告及び証人二名の署名、印鑑を偽造し、原、被告の協議離婚届を作成して昭和二九年八月一七日これを吹田市役所に提出し、その旨戸籍に記載させている事実、さらに被告は同年一一月一七日同棲中の森キヌとの婚姻届を吹田市役所に提出しその旨記載させている事実が判明した。
四、のみならず被告は昭和三一年一〇月二一日神戸市内の住居をひきはらい、森キヌと両人間の子供を連れて原告らが居住する前記吹田市の住居に到着し、その夜被告、キヌ、その子の三人は一室に寝た。原告は永い間待ちわびた夫からかゝる最大の侮辱をうけ、またこれまで原告の立場を理解してくれていた姑スエからも邪魔者扱いされるようになり、無念やるかたなく遂に翌二二日同家を去つて京都市の実家の母のもとに二児とともに身を寄せ、爾来原告において二児を養育し現在に至つているものである。
五、ところで被告がなした前記二度にわたる離婚届出による協議離婚は、いずれも原告に関する限り、その届書は偽造であり、届出は原告の意思に基かず、原告に離婚意思がないから当然無効である。但し原、被告は再度の婚姻届をしているから、原告は第一回の届出による協議離婚は無効と認めて追認したものと解し、本訴では第二回の届出による協議離婚の無効のみを主張しその確認を求める。
六、しかしながら以上に述べた被告の行為は不貞かつ悪意をもつて原告を遺棄したものであり、しかも本件婚姻は被告の行為のためすでに破綻し、これを継続しがたい重大な事由があるから、原告は裁判上被告との離婚を求める。なお前記建明、満明の両名は現在まで原告の愛情だけで養育してきたものであるから、右二児の親権者を原告と定める旨の判決をあわせ求める。
七、原告は右離婚とあわせて、被告に対し次の財産分与を請求する。
(1) 被告は原告と婚姻後、日本電建株式会社と契約して吹田市大字垂水七九五番地上に、家屋番号垂永八四五番木造瓦葺平家建居宅一棟建坪二九坪七合を建設させ、現に被告の所有名義となつている(そして現在被告がこれに居住している)が、原告は花類の販売に従事して得た利益から右建物の建築費の三分の一を出捐したから、実質的には右建物につき三分の一の共有持分を有する。よつて被告は原告に対し、離婚にともなう当事者間の財産に関する清算の趣旨で、具体的財産分与請求として右建物の時価一、五〇〇、〇〇〇円の三分の一たる金五〇〇、〇〇〇円の支払を求める。
(2) 被告は右家屋のほかその敷地である吹田市大字垂水七九五番地宅地二〇一坪を所有しているが、その時価は一、〇〇〇、〇〇〇円余である。
被告はまた訴外柿本菊一、同竹本新太郎とともに同市大字垂水一八二二番地ほか一三筆の畑計九反二畝二八歩を共有し、被告の持分は三分の一で、その持分時価は少くとも四五〇、〇〇〇円である。従つて、右両者の時価は合計一、四五〇、〇〇〇円以上である。
以上に対し被告は左記債務を負担している。
記
金額 債権者
一三〇、〇〇〇円 竹本新太郎
八九、〇〇〇円 吉良利七
一〇〇、〇〇〇円 阪本市蔵
二五、〇〇〇円 不詳
二二、八三八円 日本電建株式会社
合計 三六六、八三八円
したがつて右債務額を控除しても被告は前記(1) の家屋のほかになお金一、〇八四、〇〇〇円の資産を有しているわけである。
原告は満一〇年間生花の植裁と行商をしながら家事労働に従事して一家の生活をたてゝ来たのに対し、被告は原告とその子をすてて顧みなかつた前記事情を考慮すれば、原告が求めうる財産分与の額は前記(1) の家屋の分を除き右一、〇八四、〇〇〇円の四分の一すなわち金二七一、〇〇〇円は下らない。
(3) そこで原告は被告に対し財産分与請求額として右(1) (2) の合計金七七一、〇〇〇円とこれに対する本判決確定の翌日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
八、次に、被告は前記のように原告の人格を無視した背徳行為によつて原告に対し重大な精神的打撃を与えたものであるから、これを金額に見積つた金五〇〇、〇〇〇円を慰藉料として原告に支払うべき義務がある。よつて原告は被告に対し右五〇〇、〇〇〇円及びこれに対する訴状送達の翌日である昭和三一年一一月二四日から完済まで民法所定年五分の割合による損害金の支払を求める。
九、また長男建明、次男満明は、従来原告において養育してゆかねばならぬわけである。その養育費としては一人一ケ月四、〇〇〇円を必要とするが、原、被告の経済的能力を考慮すると、うち三、〇〇〇円を被告、その余を原告が負担するのが適当である。そこで便宜上昭和二九年九月一日から起算し右両名が満一五歳に達するまで一ケ月各三、〇〇〇円の割合で計算し、将来の分については年五分の中間利息を控除すると、建明については七年八ケ月分で金一七二、〇〇〇円、満明については九年二ケ月分で金一七八、七五〇円となる。故に被告は原告に対し右二児の養育費として計金三五〇、七五〇円を支払う義務がある。(もつとも、右養育費のうち、昭和二九年九月一日から本件口頭弁論終結に至るまでの部分は、元来被告が親権者として負担すべき義務のあつたものであるところ、前示のように、原告が現在に至るまで既に右二児を養育したので、結局被告の負担すべきであつた右部分の養育費は、既に原告において、これを出捐したことになるから、被告は、法律上の原因なくして右出捐により同額の利益を受け、これがため被告に同額の損失を及ぼした筋合である。従つて、被告は、原告に対しこれを不当利得として返還し又は損害として賠償すべき義務があるものである。)
一〇、以上の次第であるから、被告は、原告に対し、前示昭和二九年八月一七日付届出による原被告の協議離婚が無効であることの確認、原被告の離婚、長男及び次男の親権者を原告と定める旨の宣言を求め、あわせて、前示財産分与請求金、慰藉料、養育費の三者合計金一、六二一、七五〇円及び慰藉料五〇〇、〇〇〇円に対する昭和三一年一一月二四日以降、財産分与金と養育費との合計一、一二一、七五〇円に対する本判決確定の翌日以降それぞれ完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため、本訴に及ぶ。」
被告は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、次のとおり答弁した。
「(1) 請求原因一、の事実は認める。同二、三の事実中、原、被告が昭和二七年頃から別居したこと、原告主張の日に二度の離婚届と、再度の婚姻届がなされていること、被告が森キヌと同棲し(但し昭和二八年からである)、同人との婚姻届をしたこと、同四の事実中、原告がその主張の日に二児と共に実家へ帰つたこと、そのころから被告がキヌと共に現住所に居住するにいたつたこと、同七の事実中、原告主張のごとき被告名義の不動産が存することは認めるが、その余の請求原因事実は争う。
(2) 被告は原告との性格の相違のため不和が多く、特に生花の師匠としての被告の仕事に致命的な影響を及ぼすので、やむなく昭和二七年ごろ原告と一時別居するにいたつたが、その後訴外田中幸正を介して原告と離婚の交渉をしたところ、原告は離婚を承諾し、被告側でその届出をしてくれるようにとのことであつたので、原告の署名押印を被告において代行して昭和二七年一〇月一三日第一回の離婚届をしたものであり、右離婚届は有効である。翌二八年六月九日付の婚姻届は、被告に全く婚姻の意思がないのに、原告において被告の署名押印を偽造してなされたものであるから無効である。したがつてその後になされた協議離婚届も無効となるほかはなく、この第二の離婚について無効確認を求めて更に離婚を請求するのは、すでに第一回の離婚が有効になされている以上全く無意味のことに帰する。
(3) 原告は第一回の離婚の無効を前提として、これが原告の追認によつて有効となつたものと主張するが、双方当事者の同時的意思の合致を要件とする協議離婚の届出の性質上、無効行為の追認ということは考えられないし、無権代理行為の追認と同一に論ずることもできない。のみならず、原告が再度婚姻届を提出した時に、被告との離婚と新たな婚姻との二つの意思を同時に表明したものと見ること自体不自然きわまるものである。第一の離婚の無効を前提とするならば、第一の離婚、その次の婚姻、第二の離婚の三者についてそれぞれ無効確認を訴求すべきである。
(4) 原告は第二回離婚の無効確認とあわせて離婚の判決を求めるのであるが、この両者は元来同時に判決しえないものである。すなわち離婚届が適法に受理されて戸籍に記載された以上、これを無効と判断した判決が確定しないかぎり離婚は有効であるから、離婚無効確認と離婚とを同一判決でなすときは、離婚判決は離婚無効確認判決の確定前に、すなわち婚姻関係の不存在を前提としてこれをなすことに帰し法律上不可能である。したがつて原告の離婚請求はそれ自体失当である。
(5) かりに以上の主張が理由なくても、原告の離婚請求は次の点で理由がない。すなわち被告が森キヌと同棲するにいたつたのは昭和二八年からで、これはさきに述べたように原告と有効に離婚した後のことであるから、不貞行為、悪意の遺棄等の主張はそれ自体理由がない。
(6) のみならず慰藉料の請求については時効期間、財産分与の請求については法定の請求期間がすでに満了している。」
証拠として、原告は甲第一ないし五号証、第六号証の一ないし四、第七、八号証、第九ないし一一号証の各一、二、第一二、一三号証を提出し、証人柿本菊一、吉良利七、津田幸正、井沢泰男、竹本新太郎、田中マキの各証言と原告本人尋問の結果を援用し、被告は証人阪本ユキ、田中スエの各証言と被告本人尋問の結果を援用し、甲第八号証の成立は不知と答え、その余の甲号各証の成立を認めた。
理由
(一) 事実関係
真正な公文書と推定する甲第一、二号証、第一〇号証の二、第一三号証(但し供述記載の一部)の各記載と証人井沢泰男、田中スエの各証言ならびに原告、被告(一部)各本人尋問の結果を総合すれば次の事実が認められる。
原告と被告は昭和二一年五月結婚式をあげて吹田市内の被告の自宅に同棲し、同年一一月二九日婚姻届出をした。そして翌二二年五月八日に長男建明、同二三年一一月一二日に次男満明が両人の間に出生し、昭和二五年ごろまでは平和な生活がつづいた。そのころ被告は京都市内に花屋の店を出し、兼ねて生花教授をしていたが、そのうち訴外森キヌと相識り、やがて同女と肉体関係を結ぶにいたつた。一方原告と被告の間は、被告のキヌとの関係が主たる原因となつて次第に不和となつていつたが、二七年に入ると被告の外泊がつづき、一週に一度位しか帰つて来ない状態となり、遂に同年春ごろから被告は京都市内のアパートでキヌと同棲するにいたつた(のちに被告らは神戸市に転居した)。原告は被告が家を出たあと被告の母田中スエとともに花の行商に従事し、二児を養育しつゝ辛うじて生活した。ところが昭和三〇年ごろスエは中風で倒れ、原告はその看護にもつとめていたが、被告は昭和三一年一〇月二一日、病母を養うため、森キヌとその間に生れた子供を連れて同家へ帰つて来たので、原告はもはやいたゝまれず、そのころ二児を伴なつて京都市の実家に帰つた。なおこの間昭和二七年一〇月一三日付で原、被告の協議離婚(以下「第一回離婚」という。)の届出、同二八年六月九日付で再度の婚姻(以下「第二回婚姻」という。)の届出、同二九年八月一七日付でまたも離婚(以下「第二回離婚」という。)の届出がそれぞれ吹田市長に対してなされ、戸籍にその旨記載されている。
以上の経過が認められ、前示甲第一三号証の供述記載、被告本人尋問の結果中右に反する部分はいずれも採用できず、他に右認定を左右すべき証拠はない。
(二) 離婚無効確認の請求について
右第二回離婚の効力を考える前提として、まず第一回離婚及び第二回婚姻の効力につき判断する。
被告は、第一回離婚届をするにつき原告は承諾し、手続を被告側でするようにとのことであつたので被告において原告の記名捺印を代行して右離婚届をしたものであると主張するけれども、成立に争のない甲第一三号証の供述記載及び証人津田幸正、阪本ユキ、田中スエの各証言、被告本人尋問の結果中右主張に沿う部分は、前示甲第一〇号証の二、真正な公文書と推定する甲第一二号証の各供述記載及び原告本人尋問の結果にてらしてにわかに採用しがたく、却つて、これらの証拠によれば、第一回離婚の届書中、原告作成名義部分は、被告がこれを偽造し、ほしいままにその届出をしたものであつて、原告において、離婚の意思及び届出の意思は全くなかつたものであることが認められ、右認定を左右するにたる証拠はない。したがつて、第一回離婚の届出による離婚は法律上当然無効であるといわなければならない。
次に右甲第一〇号証の二、第一二、一三号証の各供述記載(但し甲第一三号証はその供述記載の一部)、証人阪本ユキの証言をあわせ考えると、右偽造にかかる第一回離婚届の出ていることが判明した後、原告が気の毒であるということで被告の親類の者が集まり相談の結果、被告の母スエをはじめ親類の承諾を得て原告が第二回婚姻届をしたことが認められ、証人田中スエの証言中右認定に反する部分は採用できない。しかし第一回離婚が無効であることは前示のとおりであり、原、被告間の婚姻関係はその後も存続していたのであるから、かゝる事情のもとになされた第二回婚姻の届出は、それが被告の意思に基ずいてなされたかどうかを問題とするまでもなく、特にそれによつて新たな法律効果を生ずる余地がないという意味において当然無効であるといわなければならない。
原告は、第二回婚姻の届出をしたことにより第一回離婚を原告において有効として追認したものと解すべきであると主張するので、考究する。当事者の意思に基かないでなされた婚姻または離婚の届出を当該当事者がのちに追認した場合これによつてさきの届出が有効になつたものと解することの可否はしばらくおくとしても、本件の場合、前掲証拠及び弁論の全趣旨にてらすと、原告は当時永く被告と別居していたものの全然離婚の意思はなく、もとよりさきの第一回離婚の届出を追認する意思もなく、たゞ単に戸籍の体裁をとゝのえるために再度の婚姻届の形式をとつたものであることが明らかである。従つて原告の右追認の主張は採用し難く、第二回婚姻の届出は第一回離婚の届出による離婚の当然無効であることに何らの影響を及ぼすものではない。
よつて次に、第二回離婚の効力の有無につき判断する。
真正な公文書と推定する甲第九号証の一、二、前示第一〇号証の二、第一三号証と原告本人尋問の結果によると、被告はなんら原告の承諾を得ることなく、第二回離婚の届書中原告作成名義部分を偽造し、その届出をしたものであつて、原告において当該離婚の意思及び届出の意思は全くなかつたこと、そして被告は右第二回離婚の届出後昭和二九年一一月一七日森キヌとの婚姻届出をなすにいたつたことが認められる。被告本人は、「訴外津田幸正の仲介により原告が第二回離婚を承諾し、届出に自ら署名した」旨の供述をするが、該供述部分は前掲証拠にてらして採用しがたく、他にも右認定に反して第二回離婚届が原告の意思に基いてなされたことを認めるにたりる証拠はないから、第二回離婚もまた法律上当然無効といわなければならない。従つてその無効確認を求める原告の請求は正当である。
被告は、第一回離婚は有効であり、第二回婚姻は無効であり、従つて第二回離婚は当然無効であるから、原告の第二回離婚の無効確認の訴は無意味である旨主張(被告の主張(3) )するけれども、前示のように、第一回離婚、第二回婚姻及び第二回離婚のいずれも、法律上当然無効であつて、第二回離婚は戸籍に登載されているので、戸籍訂正の点からしても原告において第二回離婚無効確認の訴の利益があり、従つて、被告の右主張は採用できぬ。
被告は、なお、本件の場合には、原告において右訴の外に、その前提たる第一回離婚及び第二回婚姻の各無効確認の訴を提起すべきものであると主張(被告の主張(3) )するけれども、前示の如く、第一回離婚及び第二回婚姻は法律上当然無効であるから、必ずしもその各無効確認の訴を提起する必要はなく、しかも、第二回離婚の無効確認の判決の理由中に、第一回離婚及び第二回婚姻の無効が判示してあれば、同判決によりその無効に照応して戸籍を訂正できるものと解すべきであるから、被告の右主張もまた採用できない。
(三) 離婚の請求について
さきに認定した被告の訴外森キヌとの関係は、妻たる原告に対する不貞行為にほかならない。被告は、被告が森キヌと同棲したのは原告との離婚成立後であると主張(被告の主張(5) )するが、原被告の第一、二回の各離婚届は被告が原告に無断でなしたもので無効であること前示のとおりであるから、右主張はそれ自体理由がない。
よつて民法第七七〇条第一項第一号により原告と被告とを離婚する。なお原、被告本人尋問の結果によると、原、被告の長男建明及び次男満明は、昭和三一年一〇月下旬頃以降原告がその実家においてこれを養育してきたところ、建明は昭和三五年九月に同人の意思で父たる被告のもとに引取られて養育せられ、被告は同人を森キヌとの間に生れた男子(現在八才)と差別なく養育するつもりであること、満明は引続き現在に至るまで、原告のもとにおいて養育せられ、今後も原告がこれを養育することを希望し満明もそれを望んでいることが認められるから、建明の親権者は被告、満明の親権者は原告と定めるを相当とする。
被告は、第一回離婚は有効であり、第二回婚姻は無効であり従つて第二回離婚は当然無効であるから、本件離婚の訴は無意味である旨主張(被告の主張(2) )するけれども、前示のように、第一回離婚、第二回婚姻及び第二回離婚のいずれも、法律上当然無効であるから、本件離婚の訴が無意味でないことは明かである。故に被告の右主張は採用できない。
次に被告は、本件の場合には原告において、第二回離婚の訴のほかに、本件離婚の訴の前提たる第一回離婚及び第二回婚姻の各無効の訴を提起すべきものである旨主張(被告の主張(3) )するけれども、この点については前段(二)において説示したとおり右主張は採用できない。
被告は、なお、離婚届が適法に受理されて戸籍に記載された以上、これを無効と判断した判決の確定までは当該離婚は有効であるから、本件において第二回離婚の無効確認と同時に離婚の判決をすることは法律上不可能であると主張(被告の(4) の主張)するので、判断する。
前示のように、本件第二回離婚は、原告において、離婚及び届出の各意思がなかつたものであるから、法律上当然無効である。かような場合の離婚は、たとえ戸籍に登載されていても、当初から無効であつて、離婚無効(離婚無効確認)の判決の確定をまつてはじめて無効となるものではない。そして本件においては、第二回離婚の無効が離婚の訴の前提となつているから、第二回離婚の無効確認請求と離婚の請求とを併合審理し、同一判決で裁判することは法律上不可能ないし手続上違法であるとはいえない。以上の次第であるから、被告の右主張は理由がない。
(四) 慰藉料の請求について
前記認定(一)の事実によれば、被告は四年以上にわたつて妻子を棄てゝ情婦と同棲し、そのあげく、母を養うためとはいえ、情婦とその間にできた子を連れて妻子の待つわが家に帰り、原告に対して堪えがたい侮辱を与え、遂に原告をして離婚を決意させるにいたつたものであることが明らかである。前示甲第一三号証と証人吉良利七、阪本ユキ、田中スエの各証言及び被告本人尋問の結果によると、昭和二六、七年ごろ原告は夫婦げんかで逆上の末被告に対して過激な行為に及んだことがあつたこと、また被告が家を出て後の昭和三〇年ごろ、原告が花の仕入れに遠方に出かけた際訴外寺浦正一との間に不倫関係を疑われる行動があつたことが認められるが、かゝる原告の所為を斟酌するとしても前記の事実にてらせば結局原告は被告の責に帰すべき事由によつて離婚のやむなき境遇におかれたものといわなければならない。そして原告がこれがため多大の精神的苦痛をこうむつたことは明らかであるから、被告は原告の苦痛を慰藉すべき義務がある。
よつて慰藉料の額について判断する。前示甲第一、二号証、真正に成立した公文書であると推認し得る甲第三ないし五号証、成立につき当事者間に争がないので、真正に成立したと認める甲第六号証の一ないし四、証人田中マキの証言と原、被告本人尋問の結果を総合すれば、原告(大正一一年三月二日生)は高等女学校を卒業し、被告との婚姻が初婚であつたが、以上の経過で実家へ帰り、現在は附近の会社に就職して月約一〇、〇〇〇円の収入を得ていること、原告の父は既に死亡し、母が理髪業を営んでいるが、実家の資産としては右営業の店舗兼住宅建坪約二一坪だけであること、一方被告(大正九年一一月一八日生)は現在生花教授をして月収約二五、〇〇〇円を得ているほか肩書住居地に宅地二〇一坪(昭和二七年ごろ坪一、五〇〇円で買受けたもの)と木造瓦葺平家建の住家建坪二九坪七合(そのころ一、二〇〇、〇〇〇円で建築したもの)とを所有し、また山林九〇〇坪余(被告が相続したもので、坪当り時価は二、三千円)を有しているが、これに対し計約四〇〇、〇〇〇円の債務があることが認められ、右認定を動かすべき証拠はない。右事実とさきに認定した事実その他諸般の事情を考え合せると、被告が原告に支払うべき慰藉料の額は金三〇〇、〇〇〇円をもつて相当と認める。被告は慰藉料請求権の時効が完成したと主張(被告主張(6) )するが、右慰藉料は原告が離婚のやむなきにたちいたつたこと自体による苦痛を慰藉すべきもので、被告の原告に対する個々の不法行為による損害の賠償ではないから、時効の抗弁はもとより理由がない。
よつて原告の慰藉料請求は金三〇〇、〇〇〇円及びこれに対する訴状送達の翌日であることの記録上明らかな昭和三一年一一月二四日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で正当であるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却することとする。
(五) 財産分与請求について
被告が原告と婚姻中に取得した前記宅地及び家屋につき、原告のなした寄与、出捐の程度を明確にすることは困難であるが、それが直接間接に原告の協力によつて得られた資産であることは明らかである。そして前示甲第一〇号証の二と原告本人尋問の結果によると、原告は結婚以来被告の花屋の営業を手伝つてきたこと、前記家屋が完成したのは昭和二八年ごろで、既に被告のいない時であつたから、その代金の一部は原告が被告の母スエと共に花の行商をして得た収入のなかから支払われたこと、また原告は母と共に、後には原告ひとりで行商して得た収入により被告が家出中の数年間の家計の相当部分をまかなつてきたことが認められ、被告本人尋問の結果中右認定に反する部分は採用できない。右事実と前記認定の諸事実その他一切の事情を勘案すれば、被告は原告に対する財産分与として金七〇〇、〇〇〇円を支払うのが相当である。
被告は法定の請求期間が満了したと主張(被告の主張(6) )するが離婚は本判決の確定によつてはじめて成立するのであるから右主張は理由がない。
よつて被告は原告に対し金七〇〇、〇〇〇円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から完済まで年五分の割合の遅延損害金を支払うべき義務がある。
(六) 養育費の請求について、
原告は長男建明、次男満明は従来原告において養育し来り、今後も引続き養育するものとの前提のもとに、昭和二九年九月一日から本件口頭弁論終結までの被告の負担すべかりし養育費については不当利得返還又は損害賠償として請求し、その後の分については、中間利息を控除して一時に請求している。
そのうち前者の請求については、かゝる請求も人事訴訟手続法第七条第二項但書を類推して、離婚の請求に併合できるものと解すべきである。ところで、上来認定の事実によれば、原告は、昭和二九年九月一日以降昭和三五年九月までは右二児を、その後現在に至るまでは次男を養育している(長男は昭和三五年九月被告に引取られて養育されている。)。しかし証人田中スエの証言によると、被告の家出中の原告らの生活費のうち田中スエが支出した部分も少なくはなかつたことが認められるし、また証人田中マキの証言と原告本人尋問の結果によると、原告が実家へ帰つてから相当期間は、原告は二児とともに原告の実母の扶養をうけたものであることが明らかである。無論その前後を通じ、原告自身の支出が少なくなかつたことは窺うに難くないが、結局その支出の額、すなわち原告のこうむつた損失を明確にするにたりる証拠は存しない。したがつて不当利得返還ないし損害賠償の請求は排斥をまぬがれない。
次に、将来の養育費(監護費用)の請求について、按ずるに該費用について、勿論人事訴訟手続法第一五条第一、二項により地方裁判所においてもその支払を命じることができるが、原告主張のように中間利息を控除した上即時一括して支払を求め得べきことを特に認めた規定はないから、分割払によるべきことになる。しかし当裁判所は長男建明の親権者を被告と定めたから、建明の監護費用の請求は当然理由がない。
よつて満明の将来の監護費用の請求につき判断するに、前記認定の原、被告の経済状態と、被告は今後長男建明を養育せねばならないこと、原告が前項記載の財産分与を得られることその他諸般の事情を考え合わせるとむしろ同人の原告主張の期間の監護費用は親権者たる原告の負担とするのが相当である。
結局原告の養育費請求は全部失当であるからこれを棄却することとする。
(七) 以上の次第であるから、離婚無効確認及び離婚の各請求を認容し、二児の親権者を主文第三項掲記のとおり定め、慰藉料及び財産分与の請求は前示の限度で認容し、その余の原告の請求はいずれも失当としてこれを棄却し訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 安部覚 右川亮平 楠本安雄)